核兵器の廃絶を 広島ピースフォーラムを開催

「広島ピースフォーラム」は8月4~6日にかけて開催しました。全国から約200人が参加して、原爆被害の実相や日本の加害の歴史などを学びました。

フォーラムの冒頭、あいさつした野田委員長は、「核兵器廃絶をめざすとしながらも、核兵器禁止条約に署名も批准もしない日本政府の姿勢は矛盾している。私たちとしては断じて容認できない」と日本政府の姿勢を批判、その上で「核兵器廃絶をめざす広島の声を広げてほしい」などと訴えました。

続いて、NTT労組広島原爆被爆者・二世協議会の松木忠生さんの被爆体験講演を行いました。松木さんは、9歳当時の被爆当日の生々しい被害の実相を語りました。講演の最後に松木さんは、「情報労連平和四行動は誇れる活動。戦争・核兵器廃絶に向けて活動を継続してほしい」などと訴えました。その次に、広島市立大学の福井康人准教授が「核兵器禁止条約の展望と課題」と題した講演を行いました。その後、当時電話局があった基町、袋町、比治山の3カ所に分かれて慰霊式を行いました。

広島ピースフォーラムの2日目は、平和記念公園内の原爆遺構および市内各地の被爆建物の見学し、原爆被害の実相を学びました。見学時には、地元および全国から集まった「支援スタッフ」がガイド役を務め、被爆建物などの説明しました。

その後、連合の「2018平和ヒロシマ集会」に参加しました。連合の神津会長は、「核兵器禁止条約の採択を歓迎する。日本政府は核兵器禁止保有国と非保有国との橋渡し役を主体的に果たしていかなければならない」などと述べました。

3日目となる6日は、原爆投下時間に合わせて参加者全員で黙祷を捧げました。その後、原爆詩、被爆体験記を参加者全員で朗読し、被爆者の経験を追体験しました。その次に、NTT広島グループ連絡協議会の若手組合員が、戦時中、毒ガス兵器が秘密裏に製造されていた大久野島の歴史を紹介しました。

まとめをした水野組織対策局長は「被爆者の声を直接聞けるのは私たちの世代まで。被爆者の思いを次世代につないでいくのは私たちの使命」などと訴えました。

閉会あいさつした現地実行委員会の大本委員長は「広島で観て、聞いて、学んだことをさまざまな場を通じて発信してもらいたい」と呼びかけました。

情報労連の平和行動は明日7日からの長崎平和フォーラムに引き継がれます。

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